もとつ雫(もとつしずく)
もとつ水を分けて世界をつくったとき、分けきれずに残った未分化の一滴。いまも世界のどこかに紛れていて、その一滴の中だけは、すべてがまだ宙ぶらりんのままだという。
ケノマの記事世界に現れる、ことば・怪異・概念の覚え書き。すべて本紙の創作(フィクション)です。各用語から、それが登場した記事へ行けます。
もとつ水を分けて世界をつくったとき、分けきれずに残った未分化の一滴。いまも世界のどこかに紛れていて、その一滴の中だけは、すべてがまだ宙ぶらりんのままだという。
世界が分かれる前の、陸も空も生も死もすべてが一つに溶け合った原初の水。世界各地の「最初は水だった」という創世神話の共通の骨組みから、本紙が組み立てた架空の「失われた元神話」の中心概念。
原初の水〈もとつ水〉に最初の境目が引かれたとき、初めて分かたれた二つのこと。一つのものを分かつことで生まれた、最初の子どもたち。分けきれずに残った一滴〈もとつ雫〉のぶんだけ勘定が合わず、どちらも生まれつき少しずつ欠けている——世界各地の「片方が欠ける双子神話」の共通の骨組みから、本紙が組み立てた架空の元神話の第二話。
本紙・物部澪が唱える仮説概念。もし世界が膨大な計算で動くシミュレーションだとしたら、 見ていない間は描画が止まっていて、視線を戻した瞬間にだけ世界は大急ぎで「描き直し」をしている—— デジャヴは、目を離す前の古い記録と、描き直したばかりの新しい世界とがほんの一瞬だけ重なった 〈再描画の継ぎ目〉に触れた感触ではないか、とする本紙独自の空想。
山や町はずれに埋まっている、国の記録に載っていない標石。見た目は三角点とほとんど変わらないが、側面に数字が彫ってある――しかもマイナスの数字が。国の標高との差は、どの石でもぴったり1,540.00メートル。つまり、海面が今より1,540メートル高い世界から測った高さが刻まれている。黒須玄はこれを「標高の石ではなく水深の石だ」と呼ぶ。いつか水が戻り、この国が海の底に沈む日に、水深標として使うために埋められている――というのが彼の見立てである。石は隠されていない。基準点は「見つかって、動かず、何度でも訪ねられる」ことに意味がある道具だからだ。
撤去された公衆電話の「欠番」にかけると、まれに話中音ではなく保留音が返る——その保留音の奥で、機械の声がつなごうとする番号。ただし内線(建物の中だけで通じる身内の番号)なので、表の電話からはかけられない。機関の連絡網に一つだけ閉じ忘れられた窓口、とされる。もちろん本紙の創作で、実際に試せる番号ではない。
小締町の商店街に残る、行き先のないQRコードにまつわる怪異。ポスターには「100人目のお客様に、粗品を差し上げます」と刷られている。読み取った人が百人に達すると、消えたはずの店のページが「営業中」で開き、その百人目が店の中へ取り込まれる。中では時間が流れず、商品も時計も古くならないが、店番だけが歳をとる。次の百人目が客として現れ、粗品を手渡しで受け取ったとき、前の店番は外へ出られる――そして、その客が新しい店番になる。約束は果たされるたびに、そっくり次の人へ引き継がれていく。
観測されるまで「いる/いない」が決まらない、宙ぶらりんの状態。視界の端をよぎる気配はこの相にとどまる存在で、まっすぐ見ると多くは「いない」側に決まってしまう——という、物部澪の思考実験。
暗渠(あんきょ)にされた水路の橋とともに、舗装の下へ埋められてしまった境界の神さま。深夜2時を過ぎると、横断歩道に十二本目の白線をそっと足す。渡る前に心の中で「お邪魔します」と挨拶すると、無事に渡らせてくれるという。
日本のどこかにある、さびれた商店街を抱えた町。三年前に商店街の立て直しを狙って行われたキャンペーンのポスターが、いまも五十枚、貼られたままになっている。リンク先だった商店街のホームページは去年消え、QRコードはどこへもつながらない。それでも、読み取った人の数だけは、集計のサービスで増え続けている。雨のあとに歩くと、濡れた段ボールの匂いがする。
本紙の記者がたびたび取材に訪れる、架空の地方都市。かつて町じゅうにあった用水路の多くが高度成長期に暗渠化され、「水の記憶」が地面の下に眠っている。
日本のどこか、深い山に囲まれた盆地の底にある架空の電波望遠鏡跡。正式名は穂見(ほみ)電波観測所。二十年前に役目を終え、向きを変える仕組みが故障したまま、空のたった一点を見上げて錆びている。廃止される前の冬、その一点から一度だけ正体不明の信号が記録されたという。地球の自転で同じ空が正面に戻る夜を待てば、もう一度あの信号に会えるかもしれない——宇野カケルがそう信じて通う取材拠点。
日本のどこかにある峠(架空)。地図に載っている高さは1540メートル。ここに埋まっている石にだけ、「0.00」と彫られている。国の台帳に載っていないこの石の群れが、海面が1,540メートル高い世界の高さを刻んでいるとすれば、この峠こそが、その世界の渚――海と陸の境目にあたる。峠に水はなく、名前のとおり涸れている。周囲の高地には舟隠(ふながくし)・網掛(あみかけ)・磯口(いそぐち)といった、海辺を思わせる地名が残っている。
願いが叶うかどうかは、観測されるまで決まっていない——という見立てのもと、観測のタイミングを「いま」ではなく「未来」に予約しておく、天宮ルカの願望実現メソッド(理論編)。願いが叶ったあとの未来の自分が「叶った」と観測した瞬間に、いまの宙ぶらりんの願いがそちら側へ決まる、と考える。物部澪いわく「因果律的にはアウト、でもエンタメとしてはアリ」。
〈観測予約法〉を道具なしで実践する形。叶えたい願いを「叶いました!」と完了形で書き、SNSの予約投稿機能で未来の日付にセットする。予約した日が来て投稿が公開・通知されると、まるで願いを叶えた未来の自分から「叶ったよ」とお知らせ(プッシュ通知)が届いたように見える、という天宮ルカの仕掛け。やることは投稿するだけ、無料・安全。